Anthony Leggett 氏講演会22008年05月14日 00時24分00秒

Leggett 氏の講演会の話の続きです.今回は気体の液化から話を進めます.

Leggett 氏の研究対象は低温物理学です.それまでの背景として,気体を冷却すれば液化する事が知られ,様々な気体が液化されました.炭酸ガスは圧力が高ければ常温でも液化しますが,バナナで釘を打つ等という時に使われる液体窒素は,1気圧で沸点がマイナス196度です.もっと温度を下げれば,いろいろな気体が液化しますが,軽い気体はなかなか液化しません.さらに一つの原子で出来ている分子の気体は,非常に温度を下げないと液化しません.

19世紀後半から気体を液化する事が盛んになされていきました.(以下,理科年表等を引用.)クリスマスレクチャーで有名なイギリスのファラデー(Faraday)が盛んに液化の研究もしてます. 彼の液化に関する論文の数々はこちらでダウンロードできます.塩素,塩化水素,亜硫酸ガス,硫化水素などなど,数多くの気体を液化したようです.マイナス100度に迫るかどうかというところです.

1862-68年に炭酸ガスの液化(Andrews)に成功し,1877年にルイス・ポール・カイユテ(Louis Paul Cailletet) によって酸素の液化に成功.ジグムント・ヴルブレフスキ(Zygmunt Florenty Wroblewski)が酸素と窒素を大量に液化する事に成功し,低温物理学が急速な発展を遂げました.一番軽いガスである水素も,ジェームス・デュワー(James Dewar)により1895年に液化に成功.

最後に残ったのが飛行船や宙に浮く風船で使われるヘリウムです.ついにオランダのカマリング・オンネス(Heike Kamerlingh Onnes)により,1908年に液化に成功します.ヘリウムはマイナス269度でやっと液化します.さらにヘリウムはどんなに温度を下げても(0 K(ケルビン)=−273.15度に近づけても)1気圧では固体にはならず,圧力をかけると固体になります.26気圧での融点は−272.2度です.(理化学辞典第5版より引用)

さらにオンネスは水銀を液体ヘリウムで冷却すると,電気抵抗がゼロになる超伝導現象を1911年に発見します.
超低温では想像を超えた新しい現象が潜んでいるようだ.
液体ヘリウムにより,超低温の世界の現象が次々と解明されていく様になります.

余談ですが,液体ヘリウムの生成は液体窒素の生成よりも材料の入手,冷却等ではるかにコストがかかります.およその話ですが「液体ヘリウムはウイスキー,液体窒素は牛乳と同程度の値段」と考えると,妥当かと思います.

宇宙基本法案の話2008年05月14日 11時45分11秒

「宇宙の平和利用」を原則として日本は宇宙開発を進めてきましたが,国際情勢からかそうも言っていられなくて,「宇宙基本法案」が与党により国会に提出されました.
「安全保障に資するよう行われなければならない」という条文を含むこの法案,通れば偵察衛星を日本が上げる事も可能になるわけです.そのため,物理学者,天文学者を含めた方々が,法案の再検討に向けた活動を行っています.

この法案の背景は,ミサイルおよび核開発をやめない隣国の問題があるでしょう.その国はロケットと主張していますが,ミサイルの可能性が高いとされています.そもそも,ロケットを周辺国に通告無しに打ち上げる事自体,国際条約に違反する事なのです.
ミサイルだとすると,発射から東京につくまでがわずか7分.万が一発射されたら対処が難しい事があり,事前に監視しようという事でしょうが,こういう手の前にもう少し平和的な手段で問題を回避できないかと気になります.

Anthony Leggett 氏講演会32008年05月14日 15時20分58秒

Leggett 氏の講演会の話の続きです.
今回は Leggett 氏が取り扱った液体ヘリウムの話です.以下,0 K(ケルビン)=−273.15度という絶対温度で話を進めます.

液体ヘリウムの沸点は4.2Kです.この液体をさらに冷やしていくと,2.17Kで突如不思議な性質を示します.粘性がゼロという超流動状態になります.
「粘性がゼロってどうなるの?」と思うかもしれません.例えば水と油を考えますと,油の方が粘性が高く,器に入れようとしても粘り気のためになかなか流れません.また,皿に出しても,水の様には広がりません.水も,ある程度広がると止まります.
粘性がゼロだとどうなるでしょう.「どこまでも広がっていく?」それも正しい答えかも知れません.それどころか,液体が容器の壁をよじ登って外へ流れ出してしまいます.また,原子1個が通れるような隙間ですら流れてしまいます.
この現象は1937年にロシアのカピッツァ(Kapitsa)により発見されました.詳しい解説と映像は以下を御覧下さい.あまりに奇妙な液体ヘリウムの振る舞いに驚く事でしょう.

この現象は,ヘリウム4の原子核が陽子2個と中性子2個で出来ているために起きる現象です.原子核を構成している粒子を核子と言いますが,この核子の個数が偶数の原子核は超低温で特異な性質を示します.超低温になると,多数の原子核が一斉に同じ運動をする様になります.(専門的にいうと,多数の粒子が最低エネルギーの状態を占有する様になります.)一方で,核子の個数が奇数の場合には,パウリ(Pauli)の排他律により,多数の原子核が一斉に同じ運動をする様にはならないと考えられていました.
ところで,ヘリウムの中には0.013%だけですが,原子核が陽子2個と中性子1個で出来ているヘリウム3という同位体があります.核子の個数が3個なので超流動にはならないと考えられていましたが,1972年にヘリウム3でも超流動が見られました.この時の温度はわずかに3mK(0.003K)以下でした.果てしない超低温ではありますが,なぜ起きるはずがないとされた超流動が見られたのでしょうか.
Leggett氏の研究は,ヘリウム3に関する画期的なものです.不思議な現象の説明も含めて,次回に記す事にします.

Anthony Leggett 氏講演会42008年05月17日 23時11分53秒

Leggett 氏の講演会の話の続きです.
なぜ,核子の個数が3個のヘリウム3で超流動が起きたのでしょうか.
超伝導現象においても,電気の流れを担う電子は,陽子や中性子と同じく,多数の粒子が一斉に同じ運動をすることは禁止されると考えられていました.ところが,これらの粒子が2個で1対(クーパーペア)を構成し,「一斉に同じ運動をすること」が可能になるということが考えられました.超伝導現象において,BCS理論と呼ばれる理論では,電子がこのような対を作る事により超伝導状態が実現できると説明しています.(ただ,BCS理論で説明できる超伝導状態の温度の上限は,液体窒素の沸点より低いです.このため,最近見つかった超伝導物質に対する説明は充分になされておりません.)
ヘリウム3も2つの原子核が対になり,多数の粒子が一斉に同じ運動をすると考えられています.ただし電子とは異なり,原子核は3つの粒子からなるために状況が複雑です.Leggett 氏はヘリウム3の2〜3mK(1000分の2〜3ケルビン)における超流動現象の理論的説明を行い,ノーベル物理学賞を受賞しました.この付近ですと,圧力をかけるとヘリウム3は液体と固体が入り交じる様になり,より複雑な状況になります,

詳細を知りたい専門家は,例えば
岩波講座 現代の物理学17 超伝導・超流動 恒藤敏彦 著
 6章 液体ヘリウム3の超流動
をご参照ください.

難しい話はこれくらいにして,次回はしめくくりとして,Leggett 氏が現代物理学に思うところ,若い研究者に向けたメッセージなどを述べたいと思います.

Anthony Leggett 氏講演会52008年05月18日 21時17分55秒

Leggett 氏の講演会の話で,最後に氏が語った事が印象に残っています.

物理学は実験結果を説明する理論の構築を行ったり,理論からの予言を実験で検証したりして発展してきました.宇宙物理ですと,実験は出来ないので「観測」がそれに変わります.
21世紀は理論と実験(あるいは観測)はよい状況であるということです.量子力学のようなミクロの世界の現象も実験でチェックできますし,一般相対論についても精度の高い観測で検証が出来ています.さすがに超弦理論やM理論のような究極の理論ですと実験や観測とははるかにかけ離れたスケールですので,検証が現時点では出来ません.このために「そんなの物理じゃねえよ」と批判する人たちも居ます.
1900年に Kelvin 卿の講演で「物理学にかげりがみられる」とされました.しかしその一方で1900年には Planck による光量子仮説が提唱され,量子論の幕開けとなっています.また,当時は光を伝える媒質として「エーテル」の存在が考えられていましたが,特殊相対論で「エーテル」は不要であると説明されました.
21世紀の現在では,実は「エーテル」説と似たような状況にあります.宇宙を占めているものの正体は,実は5%ほどしか分かっていません(WMAPグループの観測結果の円グラフ参照).残りのうち,23%は光を出さないダークマターと呼ばれる物質です.これはまだ理解の範疇に含まれるでしょう.ところが72%はダークエネルギーと呼ばれる成分です.その性質は「圧力が負でなければならない」という,常識では考えられないようなものでなければなりません.Einstein の宇宙項がその可能性として挙げられますが,他の問題で引っかかるところがあり,すんなりいきません.こういう状況を Leggett 氏は「宇宙論は19世紀の状況に似ている.」と述べておりました.

また,上で挙げましたが,量子力学と一般相対論の統合はまだうまくいっていません.超弦理論やM理論が候補として考えられていますが,未完成です.

最後にLeggett氏が若手研究者に送るメッセージがいくつかありました.


私が若手に含まれるかは怪しいですが,挙げておきます.
  • 自分の興味に従って,これから生きていってほしい.
  • 自分が疑問に思った事に取り組んで,理解していってほしい.
  • 「自分がやった事が無駄になる」と思わないでほしい.ここでやった事をメモしておくと,後で役に立つかもしれない.
  • 「教える事」と「研究」は同じくらい重要である.
研究生活に入ってしばらく経った自分から見ると,確かにずしりと来るような言葉ばかりです.研究者を目指す大学院生も,技術者になろうという若者も,これらの言葉を心に刻み込んでもらいたいと思います.

Leggett 氏は1966年に,英語で論文を書く日本の物理学者向けに,「どのように学術論文を書けばいいのか」という記事を書いています.日本人が陥りやすいミスを挙げて,より意味が読み手に正確に伝わるような書き方を解説しています.この原文はこちらからダウンロードできます.物理学者に限らず,技術文書を書く技術者に有用だと思います.